サイトアイコン 旧閑ガゼッタ

裸の王様・ケイスケホンダ、8年目にして初めて気づく「自分たちのサッカー」の真意

さて明日はグループリーグ最終戦、運命のポーランド戦ですね。で、その展望の前に触れて置かなければならないのがこのニュース。

本田圭佑が明かす、ついにW杯で結果を残した「自分たちのサッカー」 | Goal.com

この発言を見た時に、正直なところ脱力したというか、思わず膝から崩れ落ちそうになりましたよね。

自分はてっきり、本田は「相手に合わせるサッカー」が世界の常識である事を分かってた上で拒否をし、あくまで相手がどうあれ自分たちが考える理想のサッカーを追い求めるのが「自分たちのサッカー」と定義していたのだと思っていました。

ところが当の本田によると、今回のセネガル戦こそが自分たちのサッカーだったと言うではないですか。

「特にセネガル戦はまさにワールドカップで2014年僕らが目指した、僕がよく言っていた自分たちのサッカーっていうところが表現できた戦い方だったのかなと思います」

「14年と比較すると明らかに違うのは、自分たちありきのところから、どちらかと言うと相手ありき。サッカーの本質というものの考え方、価値観が変わったところもあるかもしれない」

「要は、相手がやることが分かっていたら、じゃんけんみたいなものでチョキ出されると分かっていて、なんでパーにこだわる必要があるんだっていうだけの話」

いや、そんな話はザックジャパンの時から散々ここも含めていろんなネット上の言論が指摘していましたし、そもそもハリルホジッチはまさに相手を研究して対策する事にかけては世界的な手腕を持った監督です。

本田が相手の事を考えない「旧自分たちのサッカー」をやりたいが故に対立したのであれば、これはどちらかが代表から退くしか解決法はなく、協会が最終的に本田の立場を取ったのだから仕方ないと納得していましたが、相手に合わせる事が前提であれば、ハリルホジッチがやめる必要なんか全く無かったわけですよ。

もっともらしくイタリア時代がどうとか言ってますけど、少なくとも本田が先発していたスイス戦までは、プレイを見る限り「旧自分たちのサッカー」をやっていたわけで、本田の中でパラダイムシフトが起こったのは、パラグアイ戦でスタメンを外れてからセネガル戦までのたった3試合、厳密に言うとコロンビア戦の後からという事になるわけです。

逆に言えば、メキシコに移籍し、ハリルホジッチを辞めさせてまで固執したW杯スタメンの座から転げ落ち、そこで初めて自分が裸の王様だった事に気づいたと言えるわけで、いかにそれまで本田に対して厳しく戒める存在がそばに居なかったかという証明でもあります。

もし高校時代の恩師らがそばに居れば、本田に対して箴言が出来たのかもしれませんが、旅人中田もそうですがスターとして祭り上げられて行くに連れ、増嶋とか木崎といった提灯持ちライターやスポンサーがマネー目当てでまとわりつき、金づるを切られたくないあまりに「ケイスケは自分の思うようにやればいいよ」などと、耳障りの良いヨイショしかしない。こうして勘違いした裸の王様が出来上がっていくわけです。スターシステムの悲劇。

ザックジャパン、そしてアギーレからハリルホジッチに至る代表の8年間が、こういった裸の王様による勘違いに費やされ、その多大な犠牲の結果がセネガル戦の勝ち点1なのだと思うと、何ともやりきれない気持ちを感じてしまうのは私だけでしょうか。

岡崎は「自分たちのせいだと思うことからスタートした」と解任について語っていましたが、少しでも責任を感じているのであれば、ポーランド戦で決勝トーナメント進出という結果を出す事で、これまで裏切り続けてきた監督やファンへの罪滅ぼしにしてもらいたいものですなあ。

モバイルバージョンを終了