旧閑ガゼッタ

「自分たちのサッカーはアメリカにこそふさわしい」ブラジルW杯グループG アメリカ-ポルトガル

グループAではメキシコがクロアチアに快勝して6大会連続の決勝トーナメント進出を決めたことで、またぞろメキシコに倣えとの羨望の声が渦巻いているが、どちらかと言うと戦略・戦術指向である私のようなサッカーファンにとっては、アメリカ代表こそ畏敬の念を抱く存在だと言える。

アメリカ本国では、MLSは4大プロスポーツの影に隠れたマイナースポーツという扱いであり、メキシコ代表のような目を引くスター選手もいないのに、7大会連続でワールドカップに出場、そのうち3大会で決勝トーナメント進出を果たし、今大会もそれは濃厚という見事な安定感。

監督が誰になろうとサッカーの方向性は全く同じで、どこが相手であっても4バックのゾーンディフェンスを敷いて果敢に高い位置からプレッシングを仕掛け、バイタルでシュートコースが開けば躊躇なくミドルシュートを仕掛けて来る。ミドル級のボクサーがガードの上から重いボディブローを叩き込んでくるようなサッカーに、日本も何度か煮え湯を飲まされ続けてきた。

戦術の意思統一はロボットのごとくで、アメフトのようにプレイブックを全員が覚えているのではないかというぐらいにポジショニングが徹底されていて、中盤でボールを持ったら必ずファーサイドの選手が高い位置に上がって基点を作り、ゴール前センターには少なくとも1人が張り、逆サイドにも1人が上がってサイドチェンジに備える。そして折り返しやクロスには中盤2枚が反応して詰める。この動きを、誰が出てようがどんなに疲れていようが一切手を抜かずに続け切る。

そうする事で、いかなる場合にもどこに味方選手がいるのかいちいち考えなくてもわかるし、自分のポジションによってタスクが明確なので守備のバランスも簡単には崩れない。選手個人のひらめきやアイデアといった自由が少ない代わりに、迷いやミスといった不確実要素を極限まで排除する。どこぞの、気持ちが守りに入ってしまった瞬間にあっけなく崩れる「自分たちのサッカー」とは正反対な思想である。

ただ、その強固なシステムを個人で打開してしまうチームと対戦するとあっけなく負けてしまうのも事実で、過去のW杯でベスト8止まりなのはそこに理由がある。でも、未だに自分たちのサッカーとは何かを定義出来ていないチームからしてみたら、ベースが全くブレないというのは羨ましい話である。何事にもとことんまで合理性を追求する姿勢が、今の超大国を作り上げたのかもしれない。

ポルトガルは逆に、ほとんどの攻撃をナニとクリスチャーノ・ロナウドだけでやっていた(笑)。試合途中でまたもCFのポスティガが怪我で退いてしまい、交代でエデルという選手が入って来たんだけど、戻らないクリロナの代わりに一生懸命守備はするもののまともにボールは足に付かないしトホホ感満載で、ウイングのスター2人にもハブられ状態で見ていて切なかった。それでも最後はクリロナのスーパークロス一閃から同点に追いついてしまうところはさすがだけど、よほどクリロナがここから調子が最高潮になって爆発しない限りはガーナに大勝は難しいだろう。