書評 盧廷潤「裏切り者と呼ばれて」 刈部謙一 河出書房新社

一言で言えば、盧廷潤のインタビューや生い立ち、経歴を伝記的にまとめた本なのだが、読んでいくうちに著者の思想的な誘導が鼻についてくる。
例えば、「日本では、国の意識が希薄でも問題は無い。それはそれで悪くはないと思うし、過剰に国を意識させようと言う連中には抵抗しようとさえ思っている」と著者は書いているのに、韓国代表ユニフォーム投げ入れ事件に対しては「自分の国と他の国は違うのだから」と、投げ入れた側を批判し、盧さんの怒りは当然としている。さらに、アジアの他国においてスタジアムの外で日本国旗を振る事は政治の問題であり、それが許されるほど問題が解決していないと語っている。この主張自体がバカバカしいのはもちろんだが、それが盧さんやサッカー自体と何の関係があると言うのだろうか。
ここに挙げた以外にも、共催決定についてのFIFAや国が絡んだ政治工作や歴史教科書問題、W杯開会式への天皇訪韓の話など、同じような手法で著者の思想的主張がてんこ盛りである。
つまり、サッカーと人間を愛するがゆえに思想や国家のタブーを乗り越えて来た盧さんの偉大な足跡を利用する形で、著者が自分の青臭い論理を押し付けようとしているわけで、私のような右でも左でもないサッカー原理主義の人間にとって、胡散臭い事はなはだしい。
ゆめゆめ、この本をサッカー本だと思ってはいけない。盧さんの話のところだけ選んで読める人にはお薦めする。