びりけんさんレポート「信州ダービーOB戦」

以前に、いつもお馴染み「びりけん」さんから「帰国して試合を見る」とのメールをいただきまして、何の試合とは書かれていなかったのですが、開催期間中だったCWCじゃなくて土橋選手の引退試合として行われた、松本と長野の試合だなと予測したのですが、やっぱり当たっていたようです(笑)。

まああの時期にサッカーを見に一時帰国といったらCWCなんでしょうが、お察しの通り土橋宏由樹氏の引退試合を見に行ってきました。
といってもこの名前にピンと来る人は年季の入った甲府サポか地域リーグフリークだけだと思うので一応略歴を。
J2元年からJ1に上がる年まで地元甲府に在籍した後、2006年から2シーズン北信越リーグに上がったばかりだった松本山雅、その後4シーズン長野パルセイロに在籍。パルセイロのJFL元年となった昨年引退、今年からAC長野アンバサダー。
経歴だけを見ればプロサッカー選手としては平凡ですが、彼が信州サッカーに遺してくれた功績は計り知れないものがあります。本当になーんもない時に来て、引退した時にはJとJFLチームが生まれてた くらいですから。
ダービーだけでなく、彼が松本コーチ要請を蹴って長野に来た時家庭内が殺伐としたことや、幾度となく涙を呑み最後に笑った地域決勝や・・・いつも「いた」男にお疲れを言うために、帰ってきました。
試合は初めてとなるダービーのOB戦。土橋氏が初めて山雅のユニフォームを着て格上の長野エルザ(当時)を撃破した試合から山雅サポーターになった相方、長男、それと去年からパルセイロの試合を見に行くようになり今年はホーム皆勤賞の母と、初めて四人での観戦。緑とオレンジが一緒になっての観戦は目を引いたようで、土橋氏の身内と勘違いした方に声をかけられました。
試合そのものはレジェンドたちのプレーが見れて楽しかったのですが、彼らの目指した 夢の舞台は、現実になってしまっているのだと思うと一抹の寂しさも感じたのも事実です。山雅がJ、パルセイロがJFLにいられるのはこれだけの人、いや、この何倍もの叶わなかった夢のおかげなんだなあと。彼らには、感謝の念しかありません。
同時に地獄の北信越と呼ばれた時代が今では実はとても幸福な時代だったように思えてならず、その象徴ともいえたのが「信州のフィーゴ」(映画「クラシコ」から)と呼ばれた土橋だったのかなあと。
加齢のせいか、それとも海外生活に疲れたせいか、最近サッカーへの意欲が薄れているように感じています。かの国の足球(ズージョウ)にはまるで興味が湧かず、時差の関係で代表戦すら見れない生活も一助になっているのかと。
それでも土橋 氏がこの日の最後に言ったという「いつかJ1でダービーを」の言葉を信じ、急いで飛行機に乗りました。今度サッカーだけで日本に帰るのはその日になるのかと思いつつ。

私自身が信州の可能性に注目するようになってから7年、びりけんさんに信州サッカーのレポートをいただくようになってから5年も経ったんですよねえ・・・
松本と長野が互いに北信越リーグで足の引っ張り合いをしていた時期から、将来的にはJでダービーが出来る時代が来ると信じていた私にとっては、長野のスタジアム問題が解決できればほぼ実現、というところまで来ている現状はいろいろと感慨深いです。
今や、インテルやマンUを筆頭に欧州のトップリーグで活躍する選手は十指に余り、代表は実力で欧州中堅に並ぼうかという時代が来ているとは、そんな5年前の自分に言っても信じないでしょうけどね(笑)。なので、帰国される時にはきっとJ1で信州ダービーになっていると思いますよ。そうなれば、サッカー熱が燃え上がらないわけには行かないでしょう!

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