梅雨の戯言

・・・と書きたくなるぐらい昨晩から関西は蒸し暑いです。クーラー付けて寝ようかと思ったぐらいで、さすがに病み上がりの身を考えるとそこまでは出来ませんでしたが。
うっとうしいと言えば、予想通りカフーの移籍話がこじれてますね。まあこうなってしまってはまずFマリに移籍は無理でしょうね。選手以上にナイーブなJクラブが海千山千の代理人や欧州クラブの秘術に太刀打ちできるわけがありません。あとはいかに金を分捕れるかになって来そうです。
ついでに昨日までほったらかしにしていたメールの虫干しも。<コラコラ まずはお初のマルドロールさんから。

本日(5/5)行われた、鹿島アントラーズvs横浜Fマリノス戦をみて一言愚痴を言いたくなってメールしました。
「柳沢よ、アントラーズを出よ。でもキエーボはやめてね」と言いたいのです。
治ってませんね、柳沢の、どフリーなのにシュートを撃たずパスをする病。この病気は、アントラーズのように、味方のフォローが手厚いチームにいる限り治らないような気がするのです。
前線と中盤、中盤とディフェンスラインの距離が常に間延びしていて、誰もフォローに来ない、だから自分で行くしかない、というチームに移籍すれば、あるいは意識も変わるかも・・・と期待したいのですが。例えば、浦和レッズとか(笑)。
と考えると、移籍先がキエーボじゃ、逆効果もいいところではないでしょうかね。ある意味、今の柳沢にはピッタリな感じですが、ピッタリの場所に行ったんじゃ、変化が期待できませんねぇ。
あ、そうか、でも、フォローが期待できないようなチームに行くということは、柳沢の最大の特徴である動き出しの早さ、スペースに飛び込む早さが失われてしまう、という可能性もありますね。
うーん、なにかうまい特効薬はないもんでしょうか。ひとつだけはっきりしているのは、アントラーズ・レッズ・キエーボの3つじゃ駄目(笑)ってことですかねぇ。

今週は鹿島の試合は見てないのですが、情景はだいたい想像できます(笑)。
中田がペルージャに移籍して以来えんえん海外組を見続けてきた私の経験から言えば、「基本的に選手は変わらない」と思っています。もちろん何も変化しないという事は無いですが、下手なシュートが突然上手くなるなどと言う事はまずありません(笑)。柳沢の場合は意識よりもシュート技術の問題だと思っているので、キエーボでも動き出しの速さからチャンスメイクをたくさん作る役割に徹するしか無いでしょうね。それで無くても環境変化やコミュニケーションなどのハードルも待ち構えているわけですから、その選手にピッタリの所に行くに越した事はないと思いますよ。
次は佐々木力さんからレアルマドリードについて。

いや、私も昨晩朦朧として見ておりましたが、1-5となったときはてっきりマドリーがベルナベウで残虐ショーを展開しているもんだと夢心地に見ておりました。こんなこともあるんですね。最近は連中のサッカーが楽しくて、日本の某巨人より(競技種目は異なりますが)、「白い巨人」のほうが気になって毎週リーガをチェックしていたものですから。
今週のチャンピオンズリーグはどうなるんでしょうか。守備的イタリアvs攻撃的スペインという図式で語られているようですが、ガゼッタさんの見方はどうでしょうか。また独自の見解を掲げていただけたら幸いです。

どうも昨日BSでその試合をやってたみたいですね。まあスカパーでも再放送があるのでそちらを見る事になるでしょうが。
今週のCL、レアル対ユベントスについてですが、カペッロ監督も同じような事を言ってたようですが、ユーベがレアルの時間とスペースを徹底的につぶすためのプレスをかけ続けられるかどうかで勝敗が決まると思います。ただ引いてスペースを埋めた守備をしても、レアルはその間にパスを通してしまいますからね。しかし高い位置からプレスをかけるとDFの裏のスペースが空くわけで、マンUはそこをロナウドに使われてやられてしまったので、ロナウド封じも考えないといけないでしょう。単なる守備的イタリアという見方では無くて、攻撃的な守備戦術の妙技に注目したいところですね。
あと、カフェでおなじみのシーマン2号さんからは風邪のねぎらいのメールをいただきました。ありがとうございます。その中から。

市原がヒディンクサッカー(でいいのかな)に近いというのは全く想像もしてなかったので驚き。いや、よく見てないし、見ても分かんないわけですけど自分は。

分かんないとはまたまたご謙遜を(笑)。ま、それはともかくとして、もう一つヒディンクとの共通点を挙げるとすれば、韓国のホンミョンボに対するミリノビッチのように、経験のあるDFをうまく生かしているところですよね。
昨日も書きましたが彼に限らず良い監督と言うのは、まずどうやったら勝てるチームに出来るかを考え、チームとしての完成形をプランニングし、そこから逆算して適切な選手起用と足りない部分はトレーニングを行うといった、サッカーに限らず一般の会社でもプロジェクトという観点から見ればごく当たり前の事をやってるに過ぎないわけですよね。
それがことサッカーになるといきなり管理工学論から芸術・抽象論になって、「選手は自由で楽しい」とか「守備的でつまらん」とか「運が無かった」とか「やる気の問題」といった話になってしまうのが不思議でなりません。足らないところがあるなら、何故それをカバーするために頭をひねらないのかと。もちろん理詰めが全てではありませんが、順序が違うんじゃないかと思いますね。

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