今日の戯言

ACL、清水も鹿島も負けちゃったんですね・・・これもサッカーとは言え、情けないですなあ。
昨日の本家CL中継は録画して朝早めに起きて見ました。これだと遅刻もしないし楽ですね。明日もこうしよう(笑)。他の試合の結果はその後に見ましたが、グループA、Bともにまだまだ分かりませんね。フェイエノールトが来期CL出場権を獲得するためにもアヤックスには(疲労するよう)頑張ってもらいたいのですが、成績表を見るとかなり微妙な状況ですね。ローマのアウェイで引き分けさえすればまず勝ち抜けられそうですが、そううまく行くなら誰も苦労はしませんしね。
うまく行かないと言えば、中田もとうとう起用法にキレてしまったようで、中盤という事はおそらく4-3-3のボランチという事でしょうね。今のパルマだったらその方がいいでしょう。レッジーナのようにトップの球離れが良ければ中田も生きてくるんでしょうがね・・・
ところで、昨日の戯言に書いてしまった事が、どうもサポティスタのタレコミ掲示板にすっぱ抜かれてしまったようで(笑)、こんな場末のコラムサイトにわざわざサポティスタの岡田氏からメールをいただいてしまいました。公式な形でのメールなので、ちょっと長くなりますが全文を紹介した形でお答えさせていただきます。(ご本人から許可はもらいました)

はじめまして。
サポティスタの岡田と申します。
3/12の「戯言」で私の意見について、
触れられているのを読んで、メールいたしました。
あのコラムで私が書いているのは、
今回の件は「サッカー」としてはOKだけど「ギャンブル」としてはNG。
だから「サッカー」としては「何も問題ない」で済むけど、
「ギャンブル」としての整合性を保つために、
「トト」の主催者はなんらかの手を打たなくてはならない。
(「ギャンブル」の生命線である「公正確保」の観点からみれば、
 「故意失点」は見逃せない問題です)。
そして「サッカー」的には問題がないのだから、
それは「ギャンブル」側が折れる形にするべき(つまり「無効」)ということです。
ひとつも「サッカー的なものが犠牲」にはなっていないと思うのですが、
いかがでしょう?
>ギャンブルとしての立場によってサッカー的なものが犠牲になるぐらいなら、
>totoなんかやめちまえばいいんですよ。
という意見には当然同意します。
私が批判しているのは「トトを売る」人たちの認識の甘さです。
「サッカー」側に対しては「サッカー的にはOK」で済むけど、
「ギャンブル」側に対して「サッカー的にはOK」では説得力に欠けます。
でも、その対応をきちんとしないと、
それが「トト」の、ひいては「サッカー」の、
マイナスイメージにつながってしまうのです。
「トト」のマイナスイメージに「サッカー」が引っ張られたらたまらない。
だからこそ、「トトを売る」人間には適切な対応を取ってほしい。
そのためには「ギャンブル」側の視点を無視してはいけないのです。
 しかし、わかりにくいコラムだったことは反省しています。
 これは私の文章力不足ですね。
 私の場合は、最初から「サッカー」として「あり」か「なし」に関しては、
 議論の余地なし(「あり」に決まってるだろ!)であると。
 それなのになぜ今回の件が「問題」として扱われたのか、
 というところからこの問題を考えたので、周囲の文章と論点
 がだいぶずれてるんですよね。
 そのことをもう少し分かりやすく書ければよかったのかもしれません。
 ただ、今回の件でサッカー界的に大きな問題なのは、
 フェアプレー云々ではなく、
 むしろ「トト」という「ギャンブル」によって
 「サッカー」のイメージが傷つく危険性を、
 どうやって回避するか、なのではないでしょうか。
 
 いや、この文書自体も上手く書けているかどうか怪しいところですが。
 以下、本題とは離れますが、
 「サポティスタ」のコラムを読んでいただいてありがとうございます。
 今回は批判的な取り上げられ方ではありましたが、
 こういった反応をいただけることじたいは、とても嬉しく思っています。
 「蹴閑ガゼッタ」はよく読ませて頂いています。
 「サッカージャパン」での誤植はもうしわけありませんでした。
 それでは、失礼いたします。
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岡田康宏 <supportista@nifty.com>
サッカー瞬刊誌「サポティスタ」共同編集人
http://home.att.ne.jp/blue/supportista/
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どうも丁寧なご返事ありがとうございました。やっぱりアレは誤植だったんですね(笑)。
ま、それはともかく、岡田氏もサッカー的である事が第一という点については納得しました。
ただ一言付け加えさせてもらうなら、私が思うに、サッカー的なものとは「あいまいさ」と「フェアであること」だと思うんですよね。今回、得点と言う分かりやすい形で表れてしまっただけに話が大きくなったのでしょうが、シミュレーションの判定、ペナルティエリア内でのハンドの判定、バックパスの判定、オフサイドの判定など、サッカーは審判の裁量で試合が大きく動くような場合が非常に多いスポーツなのです。その判断の重要な要素の一つになっているのがフェアかどうかという基準なわけで、そこに全てギャンブル的な明文化されたルールを求めてしまったら、それはもはやサッカーではありません。
残念ながら、日本はまだサッカー文化が十分根付いているわけではありません。だから、今totoによってギャンブルとしての視点を持ち込んでしまうと、ギャンブル側が明快であるがゆえにその論理に支配されてしまう危険性があるんじゃないでしょうか。
極端な事を言えば、ピッチにケガで倒れた選手がいようと審判が止めるまでプレイは続ける、故意であろうが何だろうがペナルティエリア内で手にボールが当たったらPK、シミュレーションはカードは一切関係無い、微妙な判定にはプレイを止めてビデオで検証するなどのレベルまで行かないと、結局はその時々の場面で線引きをどうするかの問題が発生してくるように思います。
だから、フェアプレイの精神の前では得点より優先させるものがある、もっと言えば勝敗さえ問題ではない、とギャンブルの対象である前にサッカーである事をはっきり意思表示する事が大事なのです。そのためにも、「無効」といった手打ちの手段を与えるべきではないと思います。
では、その「フェアプレイと言う明文化されない掟」をギャンブル側にどう理解してもらうのか。それは、「サッカー側」の代表である協会の説明努力、そしてサポーターの意思なのだと思います。第三者であるサポーターが判断に関与する事も出来るというのも、またサッカーの特徴でありサポーターたらしめているものですから。そういう意味で、今回の事件に関しての協会の素早い反応、一般からの抗議より賛同が多かったという事実は、私自身非常に心強く思います。
今後、フェアプレイの観点を切り離した論理を振り回して話を混乱させる人や、フェアプレイを単なる気持ちの問題と片付ける人が出てくる事のないように、さらにサッカーを盛り上げ、理解してもらえる努力をお互いやっていきたいものですね。

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