箱根の戯言

今日は箱根駅伝見ながらお屠蘇飲んでぐーたらしてました。しかし、駅伝ってのは正月のぐーたら気分にぴったりですねえ。酔ってしばらくウトウトしてても起きたらまだ走ってるし。サッカーだと料理の箸や会話が止まってしまうんですよね(笑)。年始先で天皇杯決勝を見ようとしたんだけど、全然試合内容に集中できないのでTVを変えてもらいましたよ。
そう言えば、BS1の「特集・日本サッカー未来への扉」見ましたか? これを見ていろいろ思う事はあったけど、今日は酒が回ってめんどくさいので、また明日にでもまとめて書きます(笑)。
さていつもおなじみの某さんから、天皇杯決勝での京都のGKのポジショニングの悪さについての指摘がありました。確かに、京都の試合内容の良さと「悪役」鹿島の敗退に話題が取られてしまってるけど、昨日の試合の2点はGKのミスがらみなんですよね。ベルギー戦やトルコ戦でもトルシエの采配や中田コのミスは取り上げられても、GKのミスには何故かあまり言及されないのは不思議です。
多分、日本ではまだ「キーパーの世界レベル」に対しての評価基準がないんでしょうね。どこまでがキーパーのミスで、どこまでがキーパーに責任が無い失点なのか、ポジショニングの問題なのかコーチングなのか。そこを指摘する人間がいない。と言ってる私もあんまり自信がないので今まで書く気になれなかったのですが(笑)。
某さんもおっしゃってましたが、トルシエは多分分かっていて、ラインを上げる戦術にとって致命傷ともなる部分であるからこそ、何とかして本番までに改善しようとしていたんじゃないかな。その焦りが山本本でのキーパー陣を怒鳴り散らす場面になっているのでは。と、これはあくまでも憶測ですが。
特に、キーパーのミスは必ず失点につながるわけだし、ミスを指摘するとダイレクトに試合結果の責任がキーパーに向けられてしまうわけで、非常にデリケートな問題ではあるんですけどね。実際トルシエがそういう発言をした時はちまたから非難ごうごうだったし。多分イタリアだとGKがミスしたら百年先までののしられるんでしょうが(笑)。
トルシエの言う「守備の文化が無い」ってのは選手の守りきるメンタリティと言う意味であるのと同時に、守備に対するサッカーファンの見識眼の意味もあるのかもしれません。ミドルシュートがゴールに突き刺さったら何でもスーパーゴールだし。
そういう意味で川口には期待してるんですけどね。我々がフィールドプレイヤーに対する評価基準を持てるようになるのに中田が果たした役割は非常に大きかったわけですし。何とかレギュラーに上がってきて欲しいものです。

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